脂質異常症
命にかかわる心筋梗塞や脳梗塞は動脈硬化による病気です。動脈硬化を起こす原因として糖尿病、高血圧症、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病がありますが、なかでも特に関連が深いのは"脂質異常症"です。"脂質異常症"という言葉が少し耳慣れない方もいらっしゃるかもしれません。
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版ではこれまで用いてきた総コレステロールに替えてLDLコレステロールを新たな指標としました。従来のように総コレステロールを指標とすると悪玉のLDLコレステロールが低値で善玉のHDLコレステロールが高値の患者さんを動脈硬化の危険が低いのに高脂血症として治療してしまう恐れがあるためです。とくに日本人の女性にはこのような方が多いといわれています。ご存知のように日本人の冠動脈疾患(心筋梗塞や狭心症など)の発症は欧米の約1/3~1/5とまだ低値です。とくに日本人女性は日本人男性の約1/5~1/6とさらに低値です。理由は日本人、特に日本人女性は、総コレステロールが高くても善玉のHDLコレステロールが高いため冠動脈疾患に罹りにくいとされています。そこで新ガイドラインでは従来の「高脂血症」の表現を低HDLコレステロール血症も考慮して「脂質異常症」と改めました。低HDLコレステロール血症は冠動脈疾患の危険因子で、動脈硬化にかかりやすいのです。
表1は脂質異常症の診断基準です。この表を参考にするときの採血は空腹時に行うことが原則です。とくにトリグリセリド(中性脂肪)は食事の影響を受けて上昇しやすいためです。診断基準により脂質異常症と診断されたら、将来(そんなに遠くない)の動脈硬化性疾患を予防するために生活習慣を改善する必要があります。脂質異常症は生活習慣の悪化に基づいていることも多く、動脈硬化性疾患の危険度の高くない脂質異常症の方は、生活習慣を改善することで薬を飲まなくてもよい場合も多いと思います。
表1 脂質異常症の診断基準(空腹時採血) | ||
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高LDLコレステロール血症 | LDLコレステロール | ≧140mg/dL |
低HDLコレステロール血症 | HDLコレステロール | < 40mg/dL |
高トリグリセライド血症 | トリグリセライド | ≧150mg/dL |
この診断基準は薬物療法の開始基準を表記しているものではない |
表2は脂質異常症の方の危険度別脂質管理目標値です。脂質異常症と診断された方の管理基準として、動脈硬化性疾患に罹りやすい度合いに応じて、カテゴリー別の管理目標が設定されています。まず対象者を、冠動脈疾患にまだ罹っていない場合(これを一次予防といいます)と、冠動脈疾患にすでに罹ったことがある場合(これを二次予防といいます)とに分けます。一次予防は将来の冠動脈疾患発症を予防することが管理目的になるので原則として一定期間生活習慣の改善に努力しその結果を評価した後に薬物療法の適応を検討します。薬物療法をする前にLDLコレステロール以外の主要危険因子―加齢、高血圧、糖尿病、喫煙、冠動脈疾患の家族歴、低HDLコレステロール血症―を検討することになります。この危険因子をいくつもつかで低・中・高の3つのリスク群に分かれます。このうち糖尿病がある場合は糖尿病1つの危険因子が3つに計算され、高リスク群(カテゴリーⅢ)となり、LDLコレステロール値は120mg/dl未満が目標になります。これは欧米の研究での糖尿病の人は冠動脈疾患の発症危険度が糖尿病のない人と比べ約2~6倍、脳卒中の発症危険度は約2倍高いというデータに基づいたものです。これに対し危険因子のない低リスク群では薬物療法の必要性はかなり低くなります。低リスク群では管理目標のLDLコレステロール160mg/dl未満を達成できなくてもすぐに薬物療法に入るのではなく、まず生活習慣の是正を徹底的に実施することが望ましいと思われます。一方、二次予防においてはLDLコレステロール値が100mg/dl未満とかなり低く設定され、生活習慣の改善と同時に早期の薬物療法が必要になります。この場合は可能な限り薬物療法でLDLコレステロールを下げるべきでしょう。
表2 リスク別脂質管理目標値 | |||||
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治療方針の原則 | カテゴリー | 脂質管理目標値(mg/dL) | |||
LDL-C以外の 主要危険因子* |
LDL-C | HDL-C | TG | ||
一次予防 まず生活習慣の改善を 行った後、薬物治療の 適応を考慮する |
I (低リスク群) |
0 | < 160 | ≧ 40 | < 150 |
II (中リスク群) |
1~2 | < 140 | |||
III (高リスク群) |
3以上 | < 120 | |||
二次予防 生活習慣の改善とともに 薬物治療を考慮する |
冠動脈疾患の既往 | < 100 | |||
脂質管理と同時に他の危険因子(喫煙、高血圧や糖尿病の治療など)を是正 する必要がある。 *LDL-C値以外の主要危険因子 加齢(男性≧45歳、女性≧55歳)、高血圧、糖尿病(耐糖能異常を含む)、喫煙、冠動脈疾患の家族歴、低HDL-C血症(<40mg/dL) ・糖尿病、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症の合併はカテゴリーIIIとする。 |
最近マスコミで"脂質の値を下げると癌や脳卒中が増える"とか"高齢者や女性に対する脂質低下治療の意義はない"などと脂質低下療法に批判的な記事が目立ちますが、実はこのような記事は科学的根拠に基づかないものがほとんどです。たとえば薬で脂質を下げると癌にかかりやすいという大規模研究による医学的証拠は今までにありません。また脳卒中に関しては脳梗塞と脳出血は成因が異なるため医学的にはそれぞれを分けて解析します。そのような方法で行った信頼できる多くの研究で、薬による脂質低下により脳梗塞の発症率は低下しています。一方、脳出血は血圧との相関は高いのですが脂質との相関は高くないため血圧降下療法を行うべきで、これを行うことで脳出血の発症率は低下します。このように脳卒中を成因別に分けて解析することで薬の有効性が明らかとなります。また高齢者や女性に対する治療は今回のガイドラインの改訂で科学的根拠に基づいて別項を設けて解説しているので、以下に簡単にまとめます。
高齢者に関しては、年齢が高くなればなるほど冠動脈疾患死のリスクは増大し、冠動脈疾患発症後の介護リスクも高くなります。現在までの研究成果を踏まえ、65歳以上の前期高齢者では成人と同じ脂質管理基準で治療してよいとされ、75歳以上の後期高齢者では大規模研究がなされていないため個々の患者の病態に合わせ主治医の判断で柔軟に対応するのが妥当とされています。また女性に関しては、確かに男性より冠動脈疾患発症のリスクが低いことも事実である一方、他の危険因子が重複した高リスクの女性が存在することも事実です。さらに女性ではいったん脳卒中や心筋梗塞を発症すると男性より死亡率が高いとされています。これらのことから女性は脳卒中や心筋梗塞を発症させないようにすること、すなわち一次予防が男性以上に重要であるといえます。実際の治療(一時予防)においては、閉経前の女性では、よい食生活、適度な運動、非喫煙、この3つの非薬物治療が大変重要であり、閉経後の女性では生活習慣を改善するとともに危険因子が重複していたら必要に応じて薬物療法も行うべきと考えられています。もちろん二次予防に関しては女性も男性と同じく薬物療法を含む適切な治療が必要なことはいうまでもありません。
動脈硬化性疾患にかからないためには以上述べた脂質だけでなく、血糖と血圧も同時に管理していくこと、それに禁煙と肥満の解消が大変大切だということを最後に強調しておきます。これらに関しては当院のホームページのそれぞれの項目を参考にしてください。